海王丸座礁事故とは?船長池田重樹の判断ミス?あの海猿も関わっていた!

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あなたは海王丸座礁事故をご存知ですか?

歴史に大きく残る事故だとも言われています。

今回は海王丸座礁事故についてまとめていきます。

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海王丸座礁事故とは?

2004年10月20日、22時47分に台風23号の影響により海王丸という船が座礁し、167名の乗組員と訓練生が閉じ込められた事件です。

座礁というのは船舶が暗礁や浅瀬に乗り上げてしまい、動きがとれなくなることです。

海王丸は航海訓練所の練習船で海の貴婦人とも呼ばれていました。

まるでタイタニックのような事件ですが、なぜこのようなことが起こってしまったのでしょうか?

そして閉じ込められた167名の訓練生たちはどうなったのでしょうか?

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海王丸座礁事故はなぜ起こった?

台風23号の影響はもちろんですが、当時の海王丸の船長の判断ミスと言われています。

当時の船長は池田重樹という人でした。

池田重樹は台風に備え、20日の午前に富山湾沖の1.6キロの地点にイカリを下ろしました。

イカリを海底に引っかけて風や波に飛ばされないようにする錨泊の態勢に入ったのです。

ですがこれが判断ミスで富山湾は錨泊に適した場所ではなかったのです。

富山湾は砂地でイカリのかかりが悪く、さらに能登半島の地形から富山湾は北東の風に弱かったのです。

その結果、台風をまともに受けてしまった海王丸は防波堤に衝突し船体が負傷し、浸水してしまったということです。

船長ひとりの判断で乗組員が危険な目にあってしまったんですね。

池田重樹は事件後の会見で

「船には乗組員のほかにも、3泊4日の体験航海に参加した社会人の研修生も乗っていた。

24日には富山新港で一般公開も予定されていた。

勤めのある研修生を予定日に下ろしてあげたかった。行事にも影響をおよぼさない方法でやりたかった。ぎりぎりの選択で錨泊を選択した」

というように言っていました。

池田重樹も悩んだ末の決断だったのでしょう。

でもせめて風の影響が少ない海域に移動をしていればよかったのに…と思ってしまいます。

海王丸座礁事故にあった訓練生たちはどうなった?

乗員167名は全員無事に救出されています。

そのうち18名は骨折などのケガを負っていましたが全員無事でよかったですね。

首まで海水がきていましたが、この危機に立ち上がったのが、海上保安庁特殊救難隊、通称「海猿」でした。

巡視船艇9隻

航空機8機

特殊救難隊

機動救難士

機動防除隊が出動して直ちに救助と排出油防除にあたったのです。

こういうところからあの海猿がきているのですね。

台風のなかでの救出は難しいものでしたが、

海猿は乗組員たちを励まし続け、天候の回復を待ち、167人全員救出することに成功したのです。

海王丸座礁事故のまとめ

以上、海王丸座礁事故についてまとめました。

 

船長の池田重樹の判断ミスは原因ではありますが、自然の力をなめてはいけないと思い知らされますね。

 

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